2012年7月14日土曜日

黒い服を着た男

最近俺の夢には黒い服を着た男が出てくるんだ。
 俺は夢の中で吐しゃ物と黒く変色したガムの張り付いた土曜日の朝のマンハッタンの下水道みたいな歩道で、ノック・アウトされた格好で(伸びちまった蛙みてぇな気分で)寝っ転がっているといつも俺に近づいてくるビッチが居る。でも違うんだ。ビッチじゃない。女じゃねえんだよクソったれが。俺が顔を横に向けると決まって黒いズボンにじじ臭い色のソックスとフレッシュマン・セールで売ってるようなぱっとしねぇ革靴を履いた奴の足が見えるんだ。
 俺はしばらくそのままで、その足をうんざりした気分で見つめるんだ。長い間見てるときつくしまった革靴で寄ったソックスのしわがどうなっているか、ソックスのヨモギみてぇな色と靴の色のコントラストとかが気になるんだけど、でもそれ以上に俺はこの状態でも、「蛙みてぇな状態」でも満足していると感じるんだ。満たされているんだよ。お前。薬も酒も、何も無くても、世界の終わりみたいな道路でノック・アウトされてても、幸せでいられる。幸せなんだよ。俺は。
 ああ?足から上?馬鹿お前、俺はもう満足してるんだぞ?その男のクソみてぇな終わっちまった足を見てるだけで俺はもう、満足なんだ。顔をすりつけたいくらいなんだよ。できることならガキが履くような靴にキスしてやりたい。頬をすりつけながら、奴の靴が白くなるまで俺の顔の油をすりつけながら、キスしてやりてぇんだ・・・。そんな満足。でも俺が感じるのは道路の冷たさとまき散らされたゲロと小便の臭いなんだ。それで全部なんだ。
 しばらくするとその「足」は俺の視界から遠ざかっていく。は?そりゃもう・・・そりゃもう終わりだよ。何もかも終わりだよ、お前。さっきまでの熱い感情はもう、全部消えちまう。一切だ。俺の周りにはゲロと小便、ゴミとガム、ガム、ガム、ガムだ。ガムだよ、お前。黒人も白人もシナ人も全員クソみてぇな人生を送りながら吐き出していったガムだ。俺の目に映るのは奴らが吐き出して、奴らが踏みつけて、奴らがぺしゃんこにして、ガチガチに黒くなっちまったガムだけよ。そうなるともう、俺だけ、俺だけこの凍ったベルトコンベアみてぇな道路に取り残されちまったみたいで、泣きそうになっちまう。腹の下辺りがぐずぐずして、そのまま小便も出しちまいそうになる。分かるだろ?お前?あれだよ、ハイ・スクールで俺だけ棒高跳びを失敗した時と同じ感じだよ。失敗だ。全部失敗なんだよ・・・。俺も、お前も、この机も、椅子も、あの道路も、酒も。残るのはあのガムだけだ。
 いや、その黒い服を着た男を見たくないわけじゃない。チャンスはあるんだ。チャンスはあるわけだ。だって毎日のようにその男は俺の夢ん中で俺に近づいて、そして去っていくんだから。衛星みたいに規則正しい奴だよ。だから俺は見ようと思ったら見ることができる・・・。でも見ないんだ。俺は。さっきも言ったろ。俺はもう、満足なんだ。その黒い服を着た男の足を見てるだけでな。
 ああ?何で男って分かるかってお前、そりゃあんな爺さんみたいな格好だとそりゃ多分爺さんみたいな奴が立ってんだろ。あんなださい格好をするのは爺さんだと相場が決まってる。
 しつこいな。お前も。だから誰だかは知らねえって。夢の世界の住人でいいだろ。
 帰れよ。お前と話してるとうんざりする。今日もあの夢を見るだろうよ。お前のせいでな。

 僕は10ドル札2枚をテーブルに置くと足早に店を出ていった。ボランティアにしては良くやった方だろ?僕は?だから明日もあのじじいの話は聞いてやる。あのじじいが何回同じ道路でノック・アウトされて何回足を見ていくつガムを数えようとも、僕は話は聞いてやるよ。いつかあの男の正体も分かるかもしれない。僕は帰ったらお尻の大きい方の女の子に電話することにした。彼女はもうベルトの部分まで見えているらしい。僕はまだガムしか見えないけど。

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