3日ぶりに外に出ると暑くてくらくらした。快楽は「地球温暖化なんか嘘」「ゴミの分別とかは時間の無駄」とか、どこかの環境評論家みたいなことを言ってクーラーをガンガン効かせていたので、7月にも関わらずすごく寒い思いをしていたのだが、やはり外は暑い。居心地の良かった彼の家に戻りたいと思った。(結果的に)仲良くなったので、どうせだったらもっと泊まって遊んで帰ろうかと思っていたのだが、「親御さんを心配させちゃならねぇ」という、そもそもお前のせいで心配させているんだろと言いたくなるような言い分で僕は部屋を追い出された。
朝10時を過ぎていたので、京浜東北線の電車の車内はすいていた。自分1人で電車に乗るのははじめてなので僕は心配で、蒲田がどこにある駅なのか緊張しながら車内の路線図を眺めた。快楽がググった結果によると、僕の家まではこの電車に乗るのが一番近いらしい。僕は乗降口付近に陣取って視線を上に向け続けた。
蒲田駅に着くと僕は安心して電車を降りた。この駅の近くには数回来たことがある。東口に向い、改札にポケットの中で握り締めていた切符をかしゃんと通すと僕は自分の家に向かって歩き始めた。
20分ほどかけて、僕はゆっくりと歩いて家に向かった。歩きながら快楽の事を思い出していた。僕は知らなかったが、彼がネットで調べた情報によると8月中旬にある編入試験を受ければ2学期からでも僕の高校にも転入できるらしい。既に7月になっていて、8月の編入試験まであまり時間が無い。僕は勉強ができることが唯一の取り得だと自分で思っていたので、彼に勉強を教えてあげようかと言ったのだが、「孤児の底力舐めんな」と言われて断られた。そもそも彼が中学にもちゃんと行っていたのか怪しいので、やっぱり無理強いしてでも勉強を教えておくべきだったと思った。しかし彼の所へ行こうにも僕は上手い口実を思いつかないし、何より彼の所へ行くまでのいろいろな過程に辟易した。家に帰って引きこもりたいという思いが強くなりつつある。
僕の家が見えてきた。玄関が開いていて奥へと続く廊下がまる見えになっている。掃除でもしているのだろうかと視線をめぐらせると、小さな庭に面した戸の窓ガラスが完全に割れていた。ギザギザした割れ目に金属バットが凭れるようにして立てかけられている。庭の芝生に飛び散ったガラスがきらきらと太陽の光を反射していた。
僕は自分の家の前で立ち止まって少しの間何が起きているか把握しようと努めた。どう考えても誰かが暴れた跡だ。僕は暴れたのはろくでもない兄に違い無いと思った。お父さんもお母さんも3日前は嬉しそうに僕を頑張れと言って見送ってくれた。絶対あのロリコン野郎のせいだ。あいつ頭がおかしくなったんだ。
家に入ろうとする僕の頭には僕以外が全員死んでいる光景が浮かんでいた。血のイメージが浮かぶ。僕は本当に心細くなって胸がざわざわした。玄関に近づくと、割られて表面がへこんでしまった靴入れと、廊下に打ちつけられて花と水がぶち撒けられていた花瓶の残骸が目に入った。僕はスリッパも履かずに花瓶の残骸をつま先立ちになって避けながら奥へと進んだ。スニーカーソックスのつま先から水が染み込んで来た。
めちゃくちゃに荒らされたリビングには、表面が引き裂かれて中身が見えている革のソファーに座って眼鏡を外して煙草を吸っているお父さんと、床で胡坐をかいている兄が居た。鼻に大きなティッシュの塊を詰めてうつむいている兄の横には、電池を入れる場所の蓋が外れて、電池を失い、中のスプリングが見えているテレビのリモコンが投げ捨てられていた。お父さんの眼鏡は床の上で右側のフレームが外れてレンズは粉々になっていた。
2011年5月6日金曜日
ソード男子 (4)
「ほら、買ってきたよ、ほれ」3日前まで赤髪シンジ(仮)だった不死原快楽は僕にカップヌードルを渡してきた。「ちょ・・・エビ入ってんじゃんかー。僕甲殻類アレルギーだって言ったじゃん。」「ああ、そうだったなお前。じゃあ俺のスーパーカップと交換しよ。ほれ」僕はスーパーカップ鶏ガラしょうゆを受け取ると、ふにゃふにゃした食感を味わいながらずるずるすすった。
3日前、赤髪シンジ(仮)は僕に拷問のような苦痛を2時間ほど与えた後、「分かったかボケ」と言い残してそのまま部屋を出て行き、帰って来なかった。僕は両手両足が不自由なままだったので、顔が鼻水と涙でずるずるになったままうつぶせで眠ることになった。彼に対する怒りは勿論あったのだが、あまりに昨日と今日とで状況が変わりすぎていたので、僕は疲れていた。意味が分からなかった。今日の朝は代ゼミの模試を受けるつもりで家を出たのに。
彼が部屋を出てからしばらく僕は鼻息荒くぶしゅぶしゅ音を立てながら畳に伏していたのだが、1時間も経たないうちに眠っていた。夢は見なかった。
「おい、和ちゃん、起きてよ。伸びるから。おい、ほら、おい」翌日はこの声と僕のわき腹をぐりぐりされる刺激で目が覚めた。「ぶっはは。いろいろ顔すごくなってんじゃねえの。畳の痕とか。ほれ、シーフード」見上げると赤髪シンジ(仮)がカップヌードルのシーフード味を僕に差し出していた。僕は反射的に体を起こそうとしたが、両手両足が繋がれたままであることに気付いた。「あーそれ、解いてやるわ。じっとしとけよ」赤髪シンジ(仮)は両手のカップヌードルとどん兵衛を畳に置くと、僕の手首に食い込んでいた紐をぐいぐい引っ張りながら解き、ついでに足首に厳重に巻き付いていたリードも外していった。「クソがもう・・・マジ誰が錠なんかかけたんだよ・・・ボケッ・・」赤髪シンジ(仮)はぶつぶつ言いながらぐいぐい乱暴に引っ張って僕の足首からリードを外した。「よしよしこれで動けるな。変なこと考えんなよ雑魚助。分かってんなおい。ほれ」彼は僕にカップヌードルを差し出した。僕は差し出された白いカップを見ながら「いや・・・無理、多分それ、エビ入ってると思う・・・」と言った。
それからすぐに僕達は畳の上に胡坐をかいてカップラーメンを食べた。どん兵衛の味が初めておいしいと僕は思った。かまぼこがうまい。全くの無言で食べたのだが、食べ終わるとすぐに赤髪シンジ(仮)は「自己紹介コーナーー!ウィィィィイ!!」と言って直立し、一人で盛り上がって拍手しながら「俺の名前は不死原快楽だー!!」と大声で僕に言った。「かいらく・・・さん?え?字は?」「快楽だって。快晴の『快』に円楽の『楽』。」「え、・・・本名なん、ですか?」「敬語使うなや。タラちゃんかお前は。本名本名。ド本名。え?何お前?馬鹿みたいな名前だと思ってんの?」「いや・・・別に」「お前な、俺がお前みたいな名前だったら逆に困るだろうが。サトシとかタケシとかカスミって顔じゃねえだろが。どっちかって言えばピカチュウじゃなくてマタドガスみたいな感じだろが」「いや・・・知りませんけど」「まあいいけど。それよりお前ってどこの高校なん?」「天木大学付属高校・・・」「ふーん。いいとこじゃんか。知らんけど。名前がな。いいと思うわ。じゃあそこにするわ」「え?」「だからそこにするんだって。俺の転入先」
3日前、赤髪シンジ(仮)は僕に拷問のような苦痛を2時間ほど与えた後、「分かったかボケ」と言い残してそのまま部屋を出て行き、帰って来なかった。僕は両手両足が不自由なままだったので、顔が鼻水と涙でずるずるになったままうつぶせで眠ることになった。彼に対する怒りは勿論あったのだが、あまりに昨日と今日とで状況が変わりすぎていたので、僕は疲れていた。意味が分からなかった。今日の朝は代ゼミの模試を受けるつもりで家を出たのに。
彼が部屋を出てからしばらく僕は鼻息荒くぶしゅぶしゅ音を立てながら畳に伏していたのだが、1時間も経たないうちに眠っていた。夢は見なかった。
「おい、和ちゃん、起きてよ。伸びるから。おい、ほら、おい」翌日はこの声と僕のわき腹をぐりぐりされる刺激で目が覚めた。「ぶっはは。いろいろ顔すごくなってんじゃねえの。畳の痕とか。ほれ、シーフード」見上げると赤髪シンジ(仮)がカップヌードルのシーフード味を僕に差し出していた。僕は反射的に体を起こそうとしたが、両手両足が繋がれたままであることに気付いた。「あーそれ、解いてやるわ。じっとしとけよ」赤髪シンジ(仮)は両手のカップヌードルとどん兵衛を畳に置くと、僕の手首に食い込んでいた紐をぐいぐい引っ張りながら解き、ついでに足首に厳重に巻き付いていたリードも外していった。「クソがもう・・・マジ誰が錠なんかかけたんだよ・・・ボケッ・・」赤髪シンジ(仮)はぶつぶつ言いながらぐいぐい乱暴に引っ張って僕の足首からリードを外した。「よしよしこれで動けるな。変なこと考えんなよ雑魚助。分かってんなおい。ほれ」彼は僕にカップヌードルを差し出した。僕は差し出された白いカップを見ながら「いや・・・無理、多分それ、エビ入ってると思う・・・」と言った。
それからすぐに僕達は畳の上に胡坐をかいてカップラーメンを食べた。どん兵衛の味が初めておいしいと僕は思った。かまぼこがうまい。全くの無言で食べたのだが、食べ終わるとすぐに赤髪シンジ(仮)は「自己紹介コーナーー!ウィィィィイ!!」と言って直立し、一人で盛り上がって拍手しながら「俺の名前は不死原快楽だー!!」と大声で僕に言った。「かいらく・・・さん?え?字は?」「快楽だって。快晴の『快』に円楽の『楽』。」「え、・・・本名なん、ですか?」「敬語使うなや。タラちゃんかお前は。本名本名。ド本名。え?何お前?馬鹿みたいな名前だと思ってんの?」「いや・・・別に」「お前な、俺がお前みたいな名前だったら逆に困るだろうが。サトシとかタケシとかカスミって顔じゃねえだろが。どっちかって言えばピカチュウじゃなくてマタドガスみたいな感じだろが」「いや・・・知りませんけど」「まあいいけど。それよりお前ってどこの高校なん?」「天木大学付属高校・・・」「ふーん。いいとこじゃんか。知らんけど。名前がな。いいと思うわ。じゃあそこにするわ」「え?」「だからそこにするんだって。俺の転入先」
2011年2月22日火曜日
ソード男子 (3)
「まず聞きたいんだけどさ、何でお前俺を殺そうとしたの?」僕はうつぶせのまま無視することにした。どうせ自殺するつもりだったし、こいつの機嫌を損ねて結果的に殺されることになったとしても、それはそれで良いと思った。
「だってさ、はっきり言って意味分かんねえし。お前全く初対面じゃん?俺と?まあ最近だと誰でも良いって奴も居るからお前もそうなの?」僕は何も答えない。殺せよ。うんこ野郎。
「・・・へぇ~お前何も答えないし、何も喋らない気でしょ?俺がお前をぶっ殺してやるとでも思ってんの?ちょっと待ってな。いいもん持ってきてやるから。」赤髪シンジ(仮)は僕の傍を離れて行った。何を持ってくるんだろう?
赤髪シンジ(仮)が帰ってきた。彼の足の重量が僕の耳の横にある畳を押しているのが分かる。
「これさぁー村上春樹の小説で見たんだけど、実際相当苦しいらしいからちょっとお前で試してみるわ。」赤髪シンジ(仮)がうつぶせに倒れた僕の両手を縛りながら言った。なるほど、何か使って僕に無理矢理何かを喋らせる気らしい。まあ、僕にとっては丁度良い。死のうとしてたんだから大丈夫。
「『海の底を歩くような気分』になるらしいよ。お前歩いたこととか無いでしょ?多分?はは。まあ当たり前か。えいっ。」赤髪シンジ(仮)は僕の頭に何か被せてきた。そして僕の首の上からかぶせたものごと僕の首を紐みたいなもので縛った。ビニールの臭いがする空間に僕の体温が充ちた。彼は袋詰めにされた僕の顔に自分の顔を触れるように近づけた。
「お前さぁ?もしかして全部諦めようとしてたんじゃねぇ?自分で死ぬとか、学校止めるとかさ。その類の諦め。」赤髪シンジ(仮)が少し強く僕の首を絞めた。苦しい。
「でもさぁ、こういう諦めができる奴って結局ただの『怖いもの知らず』なんだよな。自分の行動の結果に対する想像力が足りてないんじゃないのかなぁ。」かなり苦しくなってきて僕は溜まらず組まれた腕に力を込める。
「ほら?もがいてるじゃん?このまま続けたら死ねるよ?和ちゃん?」かなり苦しい。涙と鼻水が出てきた。
「それはやっぱり『悪』だよねぇ?悪いことだよ?それは。理解から逃げたまま、自分や誰かを『損な」うんだから。お前には『具体的な理解』が欠けているんだよ。今生きてる自分が背負う痛みや苦しみについて、『死んだお前』や『損なわれた未来のお前』、『お前じゃない誰か』が負う『はず』の理解しか持ってないんだよ。お前は。」僕は縛られた両手をばたばたさせながら、相当な苦しみを味わっていた。目から涙が頬を伝って流れ、ぐじゅぐじゅの鼻水は僕の鼻から大きく開かれた口に入り込んで塩気のある味をさせていた。
「俺はお前が今を理解しないことを許可しない。」赤髪シンジ(仮)がそう言うと縛りが少しゆるくなり、顔に触れていた彼の重量が消えた。僕は再び僕の中に入ってきた空気を死に物狂いで吸い込んだ。と、吸い込んだとたん、再び首の圧迫が強くなり、僕はまた苦しみの渦の中へ入った。赤髪シンジ(仮)は再び僕の顔に自分の顔をくっつけた。
「俺はお前にお前が本来負うべき苦しみを『今生きているお前の苦しみ』として気付かせてやる。具体的に理解させてやる。『死んだお前』や『損なわれた未来のお前』、『お前以外の誰か』じゃなく、『今生きているお前』に。はは。いやマジなんでな?俺はこの作業を必要に応じて機械的に10時間以上継続することが可能だし、お前は『今生きているお前』から逃れることができんよな?はは。」
赤髪シンジ(仮)は容赦なく僕の中から再び空気を奪って行った。そして容赦なく僕に空気を与えていった。
「だってさ、はっきり言って意味分かんねえし。お前全く初対面じゃん?俺と?まあ最近だと誰でも良いって奴も居るからお前もそうなの?」僕は何も答えない。殺せよ。うんこ野郎。
「・・・へぇ~お前何も答えないし、何も喋らない気でしょ?俺がお前をぶっ殺してやるとでも思ってんの?ちょっと待ってな。いいもん持ってきてやるから。」赤髪シンジ(仮)は僕の傍を離れて行った。何を持ってくるんだろう?
赤髪シンジ(仮)が帰ってきた。彼の足の重量が僕の耳の横にある畳を押しているのが分かる。
「これさぁー村上春樹の小説で見たんだけど、実際相当苦しいらしいからちょっとお前で試してみるわ。」赤髪シンジ(仮)がうつぶせに倒れた僕の両手を縛りながら言った。なるほど、何か使って僕に無理矢理何かを喋らせる気らしい。まあ、僕にとっては丁度良い。死のうとしてたんだから大丈夫。
「『海の底を歩くような気分』になるらしいよ。お前歩いたこととか無いでしょ?多分?はは。まあ当たり前か。えいっ。」赤髪シンジ(仮)は僕の頭に何か被せてきた。そして僕の首の上からかぶせたものごと僕の首を紐みたいなもので縛った。ビニールの臭いがする空間に僕の体温が充ちた。彼は袋詰めにされた僕の顔に自分の顔を触れるように近づけた。
「お前さぁ?もしかして全部諦めようとしてたんじゃねぇ?自分で死ぬとか、学校止めるとかさ。その類の諦め。」赤髪シンジ(仮)が少し強く僕の首を絞めた。苦しい。
「でもさぁ、こういう諦めができる奴って結局ただの『怖いもの知らず』なんだよな。自分の行動の結果に対する想像力が足りてないんじゃないのかなぁ。」かなり苦しくなってきて僕は溜まらず組まれた腕に力を込める。
「ほら?もがいてるじゃん?このまま続けたら死ねるよ?和ちゃん?」かなり苦しい。涙と鼻水が出てきた。
「それはやっぱり『悪』だよねぇ?悪いことだよ?それは。理解から逃げたまま、自分や誰かを『損な」うんだから。お前には『具体的な理解』が欠けているんだよ。今生きてる自分が背負う痛みや苦しみについて、『死んだお前』や『損なわれた未来のお前』、『お前じゃない誰か』が負う『はず』の理解しか持ってないんだよ。お前は。」僕は縛られた両手をばたばたさせながら、相当な苦しみを味わっていた。目から涙が頬を伝って流れ、ぐじゅぐじゅの鼻水は僕の鼻から大きく開かれた口に入り込んで塩気のある味をさせていた。
「俺はお前が今を理解しないことを許可しない。」赤髪シンジ(仮)がそう言うと縛りが少しゆるくなり、顔に触れていた彼の重量が消えた。僕は再び僕の中に入ってきた空気を死に物狂いで吸い込んだ。と、吸い込んだとたん、再び首の圧迫が強くなり、僕はまた苦しみの渦の中へ入った。赤髪シンジ(仮)は再び僕の顔に自分の顔をくっつけた。
「俺はお前にお前が本来負うべき苦しみを『今生きているお前の苦しみ』として気付かせてやる。具体的に理解させてやる。『死んだお前』や『損なわれた未来のお前』、『お前以外の誰か』じゃなく、『今生きているお前』に。はは。いやマジなんでな?俺はこの作業を必要に応じて機械的に10時間以上継続することが可能だし、お前は『今生きているお前』から逃れることができんよな?はは。」
赤髪シンジ(仮)は容赦なく僕の中から再び空気を奪って行った。そして容赦なく僕に空気を与えていった。
2011年2月18日金曜日
ソード男子 (2)
目を開けると見知らぬ天井が見えた。「見知らぬ、天井。」エヴァかよ。あれも途中で観るのやめちゃったんだよな。意味が分かんないし。主人公がクソ人間の癖にけっこうかわいい感じの顔してるのがむかつくし。結局いい人生を送りそうなんだよな。僕が意味の無いことを考えながら横に顔を向けると胡坐をかいて炒飯を食べながらさっき殺そうとしたDQNが僕を見ていた。
DQNは傍らにノートパソコンを置いてファンタを飲みながら炒飯をスプーンで口に運んでいた。「おー起きた。結構人って簡単に意識失うんだ。漫画みてえ。」DQNはしゃぐしゃぐ炒飯を口に運び続けた。髪は昔のロンブー淳みたいな色だが、顔は正面から見るとさっき想像したクソ主人公みたいな顔をしていた。炒飯は半分ほど皿から無くなっていた。
「お前さぁ。さっき俺殺そうとしたでしょ。」DQNがスプーンを動かす手を休めて突然聞いてきた。僕は無言だし、無言以外にどうしようも無いなと思った。「飲む?これ。」DQNが蓋を開けたままのファンタ(グレープ)を差し出してきた。僕は4分の1ほどの残量になった紫色の液体を見ながらどうしようかと思った。目の前の赤髪シンジ君(仮)に何て言っていいか分からないし、ちょっとまだ気分が悪いし、そろそろ意識がはっきりしてきた分ここがどこで今がいつかとか知りたいし、電車にはねさせようとした相手が何で僕の前に居るのか分かんないし、こいつに何されるのか不安だし、ファンタはグレープ(笑)より断然オレンジ派だし、こいつの飲みくさしを何で僕が飲まないといけないのか分からないし、多分逃げた方がいいと思うし、何より家に帰りたい。全部忘れたい。
考えた結果逃げたくなった僕は、ざざぁっとかかっていた布団を相手にぶつけて体を起こして逃げようとして後ろをふり返って走り出したが、とたんにががぁっと前につんのめってこけて顔面を畳にぶつけてしまった。顔が痛い。
「何すんだよお前。シャツびしょびしょになったろうがクソが。あーもうキーボードにちょっとかかってんじゃん。お前これファンタ満タンの状態だったら死んでたよこれ。」赤髪シンジ君(仮)の声が聞こえるがこの後の展開が怖いので起き上がれない。足がどこかに繋がれているのか。何が何だか全然分からない。
赤髪シンジ君(仮)はTシャツの腹の部分を紫色に染めたまま、僕が顔を伏せている所まで歩いてきて屈んだ。畳越しにこいつの足の重量を近くに感じる。ホントにダメな展開だこれは。ダメ過ぎる。何されるんだろうか。
「お前さ、やっぱちょっとおかしいって。お前おかしいよ。ほんと。普通警察に引き渡されて終わりなんだけどな。ほんとは。でも俺って曲がったこととか許せないじゃんか。どうせ警察とかに行っても形だけ怒られるだけだろうし、俺の見た目とかさ、お前じゃなくてお前の外の状況とか考えられて結局なあなあで済まされそうな感じじゃんか。いや俺が坊ちゃん刈りでスーツ着たおっさんだったらお前捕まったりするかもしんないけどさ。でもお前が殺そうとした奴が俺だからさ、結局お前も今日のこととか無かったことにするんでしょ?それじゃやっぱり問題解決にならないからさ、お前友達ってことにして気失ってたお前おんぶして俺ん家まで運んで来たんよ。」
僕はこいつの話を聞きながらこいつを殺そうとしたことを後悔した。めんどくさそうだ。そこら辺の奴を殺して自殺するだけの話だったのに。苛々する。あと多分僕はちょっとほっとしてる。苛々する。
「お前運んで来るの結構大変だったし。だって周りの奴とかお前が俺を突き落とそうとしたの見てるからさ。いや、まあお前が俺にぶっ飛ばされる形になったんだけどさ。結局は。はは。結構吹っ飛んだなお前、俺に蹴られてさぁ。ちょっと俺もやばいかなとか思ったんだけどさ。でもまあ人殺そうとしてたんだからいいよな。ぶっ飛ばされても。それでさ、『あ・・・わり、大丈夫か拓也!!』とか叫んでさ。まあ拓也じゃなかったけど。はは。でもかすってたなお前。受験票の名前見たら「や」だけあってたし。そんでばばっ!てお前をおぶって真剣な顔して走って俺の家に家に運んだんよ。でもさ、多分お前頭・・・というか性格やら人格やらがとりあえず終わってそうだから逃げようとするんじゃないかと思って昔飼ってた犬のリードでお前の足くくったんよ。南京錠とか付いてるから気付くと思ったんだけど、お前やっぱり馬鹿だったな。気付かずに頭から突っ込むしな。」
僕は話を聞きながら畳に顔を伏せたまま両足首にある感触を確かめた。確かに繋がれている。何で気付かなかったんだろう。
「まあ、多分これ何かの縁だと思うし、俺がお前を改心させてやるわ。」そう言うと赤髪シンジ(仮)は僕の傍から離れていった。ドアを開ける音がしたので僕は顔を上げて部屋の入り口の先に続く廊下を歩く赤髪シンジ(仮)の剥き出しの背中を見た。僕はこいつが背を向けている間に後ろを振り返りリードでくくられた足首を見てがっかりした。リードとか言ってたから普通のゴム紐みたいなものかと思っていたけど、がっしりとした革でぐるぐる巻きにして無理矢理挟むような感じで南京錠がかかっている。リードはクローゼットの後ろの僕の居る場所からは見えないところに繋がれていた。引っ張ってみたがびくともしない。
「お前ってさー勉強とかできんの?代ゼミの模試受けに行くつもりだったんでしょ?結構俺らが居た場所から遠いとこの代ゼミだったけど。」
廊下越しに僕は周りを見回した。かなり殺風景な部屋だ。さっき僕が投げた掛け布団が何も乗っていないテーブルの上に半分乗りかかっていた。畳の上にノートパソコンが1台とその隣に食べかけの炒飯、そして空になったファンタのボトル。刃物は見当たらない。
「あーお前逃げる方法考えてたんじゃねぇ?あはは。無理無理。リード切ろうとしたら俺またお前ぶっ飛ばすし、このボロアパート俺以外住んでないから誰も来んよ。まあじっくり話し合おうや、和ちゃん。」僕が声のする方を振り返るとにやにや笑いとTシャツに印刷された"I have a dream"の文字が見えた。
DQNは傍らにノートパソコンを置いてファンタを飲みながら炒飯をスプーンで口に運んでいた。「おー起きた。結構人って簡単に意識失うんだ。漫画みてえ。」DQNはしゃぐしゃぐ炒飯を口に運び続けた。髪は昔のロンブー淳みたいな色だが、顔は正面から見るとさっき想像したクソ主人公みたいな顔をしていた。炒飯は半分ほど皿から無くなっていた。
「お前さぁ。さっき俺殺そうとしたでしょ。」DQNがスプーンを動かす手を休めて突然聞いてきた。僕は無言だし、無言以外にどうしようも無いなと思った。「飲む?これ。」DQNが蓋を開けたままのファンタ(グレープ)を差し出してきた。僕は4分の1ほどの残量になった紫色の液体を見ながらどうしようかと思った。目の前の赤髪シンジ君(仮)に何て言っていいか分からないし、ちょっとまだ気分が悪いし、そろそろ意識がはっきりしてきた分ここがどこで今がいつかとか知りたいし、電車にはねさせようとした相手が何で僕の前に居るのか分かんないし、こいつに何されるのか不安だし、ファンタはグレープ(笑)より断然オレンジ派だし、こいつの飲みくさしを何で僕が飲まないといけないのか分からないし、多分逃げた方がいいと思うし、何より家に帰りたい。全部忘れたい。
考えた結果逃げたくなった僕は、ざざぁっとかかっていた布団を相手にぶつけて体を起こして逃げようとして後ろをふり返って走り出したが、とたんにががぁっと前につんのめってこけて顔面を畳にぶつけてしまった。顔が痛い。
「何すんだよお前。シャツびしょびしょになったろうがクソが。あーもうキーボードにちょっとかかってんじゃん。お前これファンタ満タンの状態だったら死んでたよこれ。」赤髪シンジ君(仮)の声が聞こえるがこの後の展開が怖いので起き上がれない。足がどこかに繋がれているのか。何が何だか全然分からない。
赤髪シンジ君(仮)はTシャツの腹の部分を紫色に染めたまま、僕が顔を伏せている所まで歩いてきて屈んだ。畳越しにこいつの足の重量を近くに感じる。ホントにダメな展開だこれは。ダメ過ぎる。何されるんだろうか。
「お前さ、やっぱちょっとおかしいって。お前おかしいよ。ほんと。普通警察に引き渡されて終わりなんだけどな。ほんとは。でも俺って曲がったこととか許せないじゃんか。どうせ警察とかに行っても形だけ怒られるだけだろうし、俺の見た目とかさ、お前じゃなくてお前の外の状況とか考えられて結局なあなあで済まされそうな感じじゃんか。いや俺が坊ちゃん刈りでスーツ着たおっさんだったらお前捕まったりするかもしんないけどさ。でもお前が殺そうとした奴が俺だからさ、結局お前も今日のこととか無かったことにするんでしょ?それじゃやっぱり問題解決にならないからさ、お前友達ってことにして気失ってたお前おんぶして俺ん家まで運んで来たんよ。」
僕はこいつの話を聞きながらこいつを殺そうとしたことを後悔した。めんどくさそうだ。そこら辺の奴を殺して自殺するだけの話だったのに。苛々する。あと多分僕はちょっとほっとしてる。苛々する。
「お前運んで来るの結構大変だったし。だって周りの奴とかお前が俺を突き落とそうとしたの見てるからさ。いや、まあお前が俺にぶっ飛ばされる形になったんだけどさ。結局は。はは。結構吹っ飛んだなお前、俺に蹴られてさぁ。ちょっと俺もやばいかなとか思ったんだけどさ。でもまあ人殺そうとしてたんだからいいよな。ぶっ飛ばされても。それでさ、『あ・・・わり、大丈夫か拓也!!』とか叫んでさ。まあ拓也じゃなかったけど。はは。でもかすってたなお前。受験票の名前見たら「や」だけあってたし。そんでばばっ!てお前をおぶって真剣な顔して走って俺の家に家に運んだんよ。でもさ、多分お前頭・・・というか性格やら人格やらがとりあえず終わってそうだから逃げようとするんじゃないかと思って昔飼ってた犬のリードでお前の足くくったんよ。南京錠とか付いてるから気付くと思ったんだけど、お前やっぱり馬鹿だったな。気付かずに頭から突っ込むしな。」
僕は話を聞きながら畳に顔を伏せたまま両足首にある感触を確かめた。確かに繋がれている。何で気付かなかったんだろう。
「まあ、多分これ何かの縁だと思うし、俺がお前を改心させてやるわ。」そう言うと赤髪シンジ(仮)は僕の傍から離れていった。ドアを開ける音がしたので僕は顔を上げて部屋の入り口の先に続く廊下を歩く赤髪シンジ(仮)の剥き出しの背中を見た。僕はこいつが背を向けている間に後ろを振り返りリードでくくられた足首を見てがっかりした。リードとか言ってたから普通のゴム紐みたいなものかと思っていたけど、がっしりとした革でぐるぐる巻きにして無理矢理挟むような感じで南京錠がかかっている。リードはクローゼットの後ろの僕の居る場所からは見えないところに繋がれていた。引っ張ってみたがびくともしない。
「お前ってさー勉強とかできんの?代ゼミの模試受けに行くつもりだったんでしょ?結構俺らが居た場所から遠いとこの代ゼミだったけど。」
廊下越しに僕は周りを見回した。かなり殺風景な部屋だ。さっき僕が投げた掛け布団が何も乗っていないテーブルの上に半分乗りかかっていた。畳の上にノートパソコンが1台とその隣に食べかけの炒飯、そして空になったファンタのボトル。刃物は見当たらない。
「あーお前逃げる方法考えてたんじゃねぇ?あはは。無理無理。リード切ろうとしたら俺またお前ぶっ飛ばすし、このボロアパート俺以外住んでないから誰も来んよ。まあじっくり話し合おうや、和ちゃん。」僕が声のする方を振り返るとにやにや笑いとTシャツに印刷された"I have a dream"の文字が見えた。
2010年8月31日火曜日
ソード男子 (1)
僕は他人が嫌いで嫌いでしょうがないって思ってた。高校に入学した僕は入学前は成績も中の上でぱっとしない僕の顔に拍車をかけてぱっとしなくて僕と同じ中と上くらいの友達となあなあの付き合いをしてたんだけど、入学して中学校とかで遊んでた友達とかが疎遠になると、なんだよあいつら結局俺とかそういう扱いかよって感じになって、だんだん無口になって入学して1週間弁当とかも一人で食べてると自分って痛くて、学校が嫌になっていきなり3ヶ月間引きこもってみると最初の数日間はモンハンとかやってて僕って社会のゴミだなと思ってたけど、でもそればっかりやってると超うまくなってアドパとかに行くと他の人が逆にこのコミュニティではゴミみたいに下手糞で、「どうやったらそんなにうまくできるんですかw」「練習かなwwwww」とか平日の10時とかにやり取りしてるとまた痛くなってきて、僕はふざけてるだけだよwって装うために集会所に入室したままゴーストを残して部屋を出るっていう定番の嫌がらせをやってると、次第にコミュニティっていう概念自体が多元化してるのが現実なのかもしれないと思って「コミュニティ」をググってみてもウィキペディアの共同体の項目が最初に出てきて、winnyで落とした貧乳の少女が触手で蹂躙される同人誌でオナニーばっかりしてる大学生の兄のレポート作成と同じ作業をしてる自分がちょっと嫌になって、こんな馬鹿な自分やロリコン野郎を根絶やしにするためにも僕は偉くなろうと思って勉強を始めた。勉強を始めると以外に集中できて、僕は高校(まだ1週間しか行ってないけど)入学3ヶ月で数ⅡBと仮定法から不定詞と間接話法まで完全に理解して多分そこら辺の高校生よりは賢くなってしまって、それが自分自身のある種の全能感を増大させた結果、他人を社会的にゴミ扱いしたくなった僕はひきこもりを止めて使ってなかったお年玉で駅前の代々木ゼミナールに公開模試を受けに行って家族を喜ばせる。別にお前らクソのためじゃないよ?とか思いながら僕もまんざらでも無くて、そういう自分がちょっと嫌になってきて、というか何も自分を貫徹させてない自分が嫌で、他人に加えて本格的に自分も嫌になってきて、自分が嫌になっちゃうと僕の世界って何だろうっていうスパイラルに巻き込まれて、代ゼミに行く前に自殺することにした。でも何か僕だけ自殺するのも結局僕がゴミでしかなかったことを認めるみたいで許せなくて、とりあえず世間で起こっている事件を模倣してやっぱりなって感想をいろんな人に与えて、でもそのやっぱりなっていう感想は実は僕の思い通りなんだよ?って優越感に浸るために線路に人を突き落として電車で轢かせようと思って全然電車に乗ったことない僕が渋谷駅までふうふう言いながら歩いて行って、そういえばお父さんはいつも品川品川って言ってたことを思い出して、品川駅までの切符を買って、山手線のホームで誰を殺そうか物色してると、丁度いいことに僕と同い年ぐらいで学校をサボってたDQNらしき男子を発見してこいつを殺すことに決める。
そのDQNは顔は横顔を見た感じだとそこそこジャニーズに居そうなむかつく顔をしてて、髪は真赤に染めてて僕の通ってた高校と同じような学ランを着ていた。こいつで全然いいと思った僕は乗降マークの直ぐ上に直立して電車を待っていたDQNを突き落とすためにDQNの後ろに立った。僕は心臓がばくばくしててちょっと泣きそうになって、足もちょっと震えてきて、こんなこと何の意味があるのかとか思うけど、でももう考えるのも嫌になってきて、しばらく待ってるとだんだん昔小学生の頃ソフトをやってた時に代走で一塁に立って二塁まで盗塁のサインが出た時のことを思い出した。あの時はそう言えば失敗してあれー?みたいな、他人事みたいな顔でベンチに帰ってるとコーチだったお父さんがぐんにゃりした表情をしてたんだって思ってると電車が来てることに気付いて、あせった僕はよろけるようにしてDQNの背中に体あたり「こ う かは ば つ ぐん だ !」→潰れたトマトの完成という展開!と思ってたんだけど、体あたりした勢いのままアスファルトが見えてきて、あれ?当たらないって思った瞬間僕の腹にブロックが衝突したような何かがどひゅんってぶつかって僕はがばっ!!って漫画みたいな声を出してホームの後部に後頭部から吹き飛ばされて柱にそのまま直撃してしまう。
そのDQNは顔は横顔を見た感じだとそこそこジャニーズに居そうなむかつく顔をしてて、髪は真赤に染めてて僕の通ってた高校と同じような学ランを着ていた。こいつで全然いいと思った僕は乗降マークの直ぐ上に直立して電車を待っていたDQNを突き落とすためにDQNの後ろに立った。僕は心臓がばくばくしててちょっと泣きそうになって、足もちょっと震えてきて、こんなこと何の意味があるのかとか思うけど、でももう考えるのも嫌になってきて、しばらく待ってるとだんだん昔小学生の頃ソフトをやってた時に代走で一塁に立って二塁まで盗塁のサインが出た時のことを思い出した。あの時はそう言えば失敗してあれー?みたいな、他人事みたいな顔でベンチに帰ってるとコーチだったお父さんがぐんにゃりした表情をしてたんだって思ってると電車が来てることに気付いて、あせった僕はよろけるようにしてDQNの背中に体あたり「こ う かは ば つ ぐん だ !」→潰れたトマトの完成という展開!と思ってたんだけど、体あたりした勢いのままアスファルトが見えてきて、あれ?当たらないって思った瞬間僕の腹にブロックが衝突したような何かがどひゅんってぶつかって僕はがばっ!!って漫画みたいな声を出してホームの後部に後頭部から吹き飛ばされて柱にそのまま直撃してしまう。
2010年8月27日金曜日
ソード・ダンス (1)
刀彌舞姫は鞘から刀を抜き払い、透き通った刀身に見入った。刃紋は乱れの無い直刃。舞姫は自分が手にしている刀が自分自身に似ていると思い込んでいた。しかしそれは自覚された自己欺瞞であり、彼女の宿望の投影された姿に過ぎない。舞姫は自分の中の乱雑で対他的な暴力性を、抑えられないことを知っていた。彼女にとっては暴力こそが自己規範であり、それを客観的に否定するような環境を、これまでの人生の中で持ったことが無かった。
彼女は浅く肩で呼吸しながら、ゆっくりと刀を鞘に収めた。刀身の光がしゃらしゃらとした音と共に消えていく様を見ながら、彼女は昨日と、そして昨年の4月5日と、同様の諦観を覚えていた。
舞姫が出勤すると助手の男性が既に研究室に出勤していた。彼の名前を舞姫は覚えていない。「おはようございます、刀彌先生。」「おはようございます。」舞姫はコートを脱ぐと椅子の背もたれに掛け、そのままデスクトップパソコンのスイッチを入れた。「先生、暑くないんですか。今日は最高気温が確か20度を越えるらしいですよ。」舞姫はデスクトップの画面が出ると、画面を埋め尽くしている無数のフォルダの中から、今日精神鑑定を行う殺人者の情報に関するファイルを開いた。殺人者の名前は不死原快楽。3ヶ月前に新潟県柏崎市にある研修所で合宿を行っていた「ゆうゆうダンス倶楽部」のメンバー、85名を日本刀で惨殺した後、市内にある自宅への帰り道に立ち寄った保育園の児童と教師、及びたまたま園芸会で撮られた写真を園長に渡しに来ていた写真屋の男性、そして、たまたま現場を通りかかった人々、合わせて73名の首を斬って殺害し、殺人罪の容疑で逮捕されている男である。
ここまでの情報を5分ほどで閲覧した舞姫は、半ば義務的に今日の彼との面談の時間を確認した。面談予定時間は4月5日午前10時30分。意味の無い作業である。彼女は更に機械的に先日行った精神鑑定の結果のリライトを行うことにした。面談の時間まであと1時間もある。
10時15分頃に、不死原が警察官に連れられてやってきた。不死原は思ったよりも背が低く、まだ若いと言っていい顔をしていた。彼からはトイレの芳香剤のような香りがしていたが、髪は洗っておらず、髭と同様、伸ばし放題であった。じっと寝惚けたかのような顔で床を見つめている。
不死原を左右から押さえ込むようにして連れている捜査官の一人は、珍しく舞姫の見覚えのある人間であった。「本日はお世話になります。新潟県警捜査第一課刑事部長の不死原苦です。どうぞよろしくお願いいたします。」「どうぞよろしくお願いいたします。ではこちらにどうぞ。」苦は早足で、他の2人の警察官と引き摺るようにして快楽を連れて舞姫と彼女の助手の後を追った。彼女以外の者は快楽に触れるたびに無表情のまま鼻から息を吐いた。
不死原苦は不死原快楽の妹であり、快楽を逮捕した張本人である。快楽と苦は、10年以上、彼らだけで柏崎市にある一軒家で二人きりで暮らしていた。彼らの両親は快楽と苦が小学生の頃、交通事故で死亡している。親戚は彼らを自分たちの家に招き入れようとしたものの、親戚の家に何度連れて行っても、数時間すると苦が生家に戻ってしまい、誰が何を彼女に言っても彼女はその行動を繰り返したため、結局兄である快楽が1人で妹の面倒を見つつ、二人きりで生活をすることとなった。数学が得意であった快楽は塾で教鞭を取りながら、給金で苦を養いつつ、高校、大学と通った。彼と苦が18歳になるまで遺族年金が支払われていたし、幸い保険金も下りたので、彼らにはたとえ贅沢ができなくとも、毎日過ごすだけの蓄えがあった。
快楽は大学卒業後、アルバイトとして勤務していた塾にそのまま就職した。彼は大学の成績も良かったため、周囲の人間は彼が都市の大企業に就職するか、そのまま数学の研究のために大学院に進学するものとばかり思っていた。しかし、彼は当時高校3年生であった妹の苦が、将来新潟県警で勤務することが夢であったことを知っていたため、新潟に残って彼女との生活を続けることを選んだ。
事件当日、血に塗れた姿で日本刀を手に、自身が刈り取った首を、保育園の小さなグラウンドに足でサッカーボールのように転がして整列させている快楽の姿を見た、たまたま保育園の前を通りかかった主婦は、彼の姿を認めるなり絶叫し、瞬時に抜き放たれた刃によって絶命した。快楽が保育園児に比べて大きな彼女の頭部を、彼が整列させている首の方へ蹴り飛ばそうとしていると、再びたまたま通りかかった老婆が絶叫し、刹那、抜き放たれた刃によって首が切り離され、もう1つ蹴り転がされるボールとして、快楽の足下に目を見開いたまま転がった。この首も蹴ろうとしていると、再び駅から自宅へ帰ろうとしていた就職活動帰りの大学生が通りかかり、切断され、快楽の足下に臥した。快楽は、通りかかる人々が彼の姿を見て驚嘆する度、次々と絶叫→切断→キック→絶叫→切断→キック→絶叫→切断→キックというサイクルで殺人を1時間ほど繰り返した。
最初は整列されていた頭部までの距離が遠く、また快楽が思っていたよりも人間の頭部が重かったこともあり、つま先でのトゥキックを用いていたが、列が近づいてくるとコントロールを付けるため、足の腹でインサイドキックを行った。時々キックの力が強すぎて、並べられていた頭部が転がされてくる頭部に衝突し、列をはみ出てころころと前に転がってしまい、その度に列をはみ出た頭部を柔らかなインサイドキックで再び列に戻す作業が生じたため、快楽は、中学や高校でちゃんとサッカー部にでも入っておけば良かったと思った。
彼女は浅く肩で呼吸しながら、ゆっくりと刀を鞘に収めた。刀身の光がしゃらしゃらとした音と共に消えていく様を見ながら、彼女は昨日と、そして昨年の4月5日と、同様の諦観を覚えていた。
舞姫が出勤すると助手の男性が既に研究室に出勤していた。彼の名前を舞姫は覚えていない。「おはようございます、刀彌先生。」「おはようございます。」舞姫はコートを脱ぐと椅子の背もたれに掛け、そのままデスクトップパソコンのスイッチを入れた。「先生、暑くないんですか。今日は最高気温が確か20度を越えるらしいですよ。」舞姫はデスクトップの画面が出ると、画面を埋め尽くしている無数のフォルダの中から、今日精神鑑定を行う殺人者の情報に関するファイルを開いた。殺人者の名前は不死原快楽。3ヶ月前に新潟県柏崎市にある研修所で合宿を行っていた「ゆうゆうダンス倶楽部」のメンバー、85名を日本刀で惨殺した後、市内にある自宅への帰り道に立ち寄った保育園の児童と教師、及びたまたま園芸会で撮られた写真を園長に渡しに来ていた写真屋の男性、そして、たまたま現場を通りかかった人々、合わせて73名の首を斬って殺害し、殺人罪の容疑で逮捕されている男である。
ここまでの情報を5分ほどで閲覧した舞姫は、半ば義務的に今日の彼との面談の時間を確認した。面談予定時間は4月5日午前10時30分。意味の無い作業である。彼女は更に機械的に先日行った精神鑑定の結果のリライトを行うことにした。面談の時間まであと1時間もある。
10時15分頃に、不死原が警察官に連れられてやってきた。不死原は思ったよりも背が低く、まだ若いと言っていい顔をしていた。彼からはトイレの芳香剤のような香りがしていたが、髪は洗っておらず、髭と同様、伸ばし放題であった。じっと寝惚けたかのような顔で床を見つめている。
不死原を左右から押さえ込むようにして連れている捜査官の一人は、珍しく舞姫の見覚えのある人間であった。「本日はお世話になります。新潟県警捜査第一課刑事部長の不死原苦です。どうぞよろしくお願いいたします。」「どうぞよろしくお願いいたします。ではこちらにどうぞ。」苦は早足で、他の2人の警察官と引き摺るようにして快楽を連れて舞姫と彼女の助手の後を追った。彼女以外の者は快楽に触れるたびに無表情のまま鼻から息を吐いた。
不死原苦は不死原快楽の妹であり、快楽を逮捕した張本人である。快楽と苦は、10年以上、彼らだけで柏崎市にある一軒家で二人きりで暮らしていた。彼らの両親は快楽と苦が小学生の頃、交通事故で死亡している。親戚は彼らを自分たちの家に招き入れようとしたものの、親戚の家に何度連れて行っても、数時間すると苦が生家に戻ってしまい、誰が何を彼女に言っても彼女はその行動を繰り返したため、結局兄である快楽が1人で妹の面倒を見つつ、二人きりで生活をすることとなった。数学が得意であった快楽は塾で教鞭を取りながら、給金で苦を養いつつ、高校、大学と通った。彼と苦が18歳になるまで遺族年金が支払われていたし、幸い保険金も下りたので、彼らにはたとえ贅沢ができなくとも、毎日過ごすだけの蓄えがあった。
快楽は大学卒業後、アルバイトとして勤務していた塾にそのまま就職した。彼は大学の成績も良かったため、周囲の人間は彼が都市の大企業に就職するか、そのまま数学の研究のために大学院に進学するものとばかり思っていた。しかし、彼は当時高校3年生であった妹の苦が、将来新潟県警で勤務することが夢であったことを知っていたため、新潟に残って彼女との生活を続けることを選んだ。
事件当日、血に塗れた姿で日本刀を手に、自身が刈り取った首を、保育園の小さなグラウンドに足でサッカーボールのように転がして整列させている快楽の姿を見た、たまたま保育園の前を通りかかった主婦は、彼の姿を認めるなり絶叫し、瞬時に抜き放たれた刃によって絶命した。快楽が保育園児に比べて大きな彼女の頭部を、彼が整列させている首の方へ蹴り飛ばそうとしていると、再びたまたま通りかかった老婆が絶叫し、刹那、抜き放たれた刃によって首が切り離され、もう1つ蹴り転がされるボールとして、快楽の足下に目を見開いたまま転がった。この首も蹴ろうとしていると、再び駅から自宅へ帰ろうとしていた就職活動帰りの大学生が通りかかり、切断され、快楽の足下に臥した。快楽は、通りかかる人々が彼の姿を見て驚嘆する度、次々と絶叫→切断→キック→絶叫→切断→キック→絶叫→切断→キックというサイクルで殺人を1時間ほど繰り返した。
最初は整列されていた頭部までの距離が遠く、また快楽が思っていたよりも人間の頭部が重かったこともあり、つま先でのトゥキックを用いていたが、列が近づいてくるとコントロールを付けるため、足の腹でインサイドキックを行った。時々キックの力が強すぎて、並べられていた頭部が転がされてくる頭部に衝突し、列をはみ出てころころと前に転がってしまい、その度に列をはみ出た頭部を柔らかなインサイドキックで再び列に戻す作業が生じたため、快楽は、中学や高校でちゃんとサッカー部にでも入っておけば良かったと思った。
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