2021年1月1日金曜日

2021年の標的

多分忙しかったので何も書いてなかったが、

今年も書く。

2020年4月14日火曜日

FFVII REMAKE 感想

 FFVII REMAKEを2日前ぐらいにクリアした。このFFVIIというゲームについては多くを記述する必要が無いと思う。俺達は小6ぐらいにFFVIIをやることでプレイステーションをやるようになった。このゲームを他のゲームと同列に扱う、ということは難しい。おそらく世界で最も知名度の高いRPGのキャラクターもこのゲームの主人公を務めている。実はFFVIIのストーリーは尖っているし、彼自身の設定も尖っているが、それでも絶対的なFFの主人公を挙げろと言われたら彼になる。
 REMAKEについて述べておきたいことは1点だけであり、スクエニと野村さん達はかなり危険だが意味のある綱渡りをした、ということである。こんな内容にしたら絶対に批判は出る。ただでさえ「失敗」という印象が強いFFXVの後なのだ。この別格のゲームのリメイクはさぞ懐古的で昔を懐かしむ人間に配慮した「守り」の作品だろう・・・という予想は完全に誤りであり、おそらくそれとは反対に、FFがまた前に進んでいくための決断をされている、と思われる。そう言わざるを得ない内容と終わり方であった。
 したがって、ただ昔を懐かしむことを目的にしたプレイヤーはこのゲームを批判する。あの運命の特異点の場面でエアリスが止めた段階でやめた方が良い。それが正しいと思う。こんな内容にしているのでそんなことはスクエニと野村さん達も分かっていると思われる。
 しかし、彼らは前に進む展開を選択した。何度もプレイして全ての展開を知っているプレイヤーにも「新しい」と感じられる内容を選んだ、と思われる。自覚的に物語中で先行きが見えない、という表現が用いられているように、FFVII REMAKEは意味のある綱渡りをすることになった。
 綱渡りなので、どちらに転ぶかは不明である。何年か経って結局「終わった」FFXVやFFXIIIのようになれば俺もめちゃくちゃに悪態をついて勝手に叩くようにしようと思う。しかし、今のところ俺はFFVII REMAKE(新劇場版)がめちゃくちゃに面白い

2020年1月1日水曜日

2020年の標的

ただ書くだけではまだ足りないらしい。したがって俺はさらに、

1.前に進む。

2019年12月31日火曜日

今更ポケモンGOフェスタ2019のために横浜に行っていたことを思い出しながら書くわ


夜のピカチュウイベントの様子

 そういえば4~5か月ぐらい前にポケモンGOフェスタ2019のために横浜に行っていた。俺も彼女も外れたが、彼女側のフレンドが当たっていたのでフレンドに誘われた彼女について横浜に行った形である。つまり俺はただの横浜旅行であった。

これもう横浜でしか開催できないんじゃないか・・・というイベントの様子

 ポケモンGOのイベントだけではなくいろいろ抱き合わせでそもそも長年やっていたポケモン関連のイベントが組み合わされており、横浜は商売が上手い。ポケモンGOは結局のところ客観的には何もない場所をうろうろしまくるゲームなのだが、このように他に観るものがあるとついでに観光をする気にさせる。パフォーマンスの質が異様に高い点に驚愕した。他の地域で開催を望む声があるが、このように練度や負担を求められるイベントと抱き合わせてちゃんと観光としての価値を生み出せるのは実際には横浜くらいなのではないか、と思わされてしまう。

この3年で明らかに変わったことの1つ。

 また、2017年に横浜の同じ場所でやっていた頃には無く、今のポケモンGOに明確にあるのが有名企業との明示的なタイアップであった。2017年のころには赤レンガ倉庫からカップヌードルミュージアムに行く道端にSoftbankなどのWifi中継車が来ていただけだったが、この2年でこのゲームはいろいろな企業とタイアップを進めてきており、2019年のイベントでは様々な店舗が出店していた。最初の頃のポッポとビードルしか出ず、ジムの仕様が必然的に新参者が入り込みにくい時代には結局誰もやらなくなるんじゃないかと思ったりもしたが、結局今でもミュウツーや黒いレックウザが出れば移動すら困難になるような人だかりができるゲームになった、というのはポケモンと(ソーシャルゲームとしては)実は丁度良いぐらいの単純なゲーム性の魅力を表していると思われる。

会場には相変わらず見どころがある。当選者には特に。

 ・・・というのを楽しんでいる彼女(だけ)を後目に考えたりした。このイベントはちゃんと残酷で敗者には何ももたらされないため、何も無い落選者の場合は会場に何も出ない仕様になっている。よしよしちゃんと敗者は何も手に入れられないんだな・・・と会場に入ると何も出なくなる画面を見ながら俺は会場を去って時間を潰しに、というか空いた時間で仕事をしに行くのであった。

ジョーカー 感想

 11月ぐらいにジョーカーを彼女と観に行っていた。前評判からすると質の高いサイコ映画という印象だったが、観た後は「うーん、そうかなぁ?質の高いサイコ映画はもっとサイコな感じでは?」という感じである。
 適当にあらすじをまとめておくと、ゴッサムシティというろくでもない街で大道芸人の仕事をしながらスターになることを夢観ている突然笑いだす持病を持ったアーサーと呼ばれる若き日のバットマンシリーズのジョーカーが、ろくでもない住民たち(理由もなく仕事を邪魔するクソガキ、不義理な同僚、事情を聴かない上司、ありもしない妄想だけを生きがいにしている母親、異様に絡んでくる電車のサラリーマン)などとろくでもない関わりをする内に「異様に絡んでくる電車のサラリーマン」を「不義理な同僚」からもらった拳銃で皆殺しにして、たまたまそのサラリーマン連中がゴッサムシティの上流階級で当時階層間闘争が過熱していたため下級階層の英雄とみなされ、「事情を聴かない上司」からクビにされた後に場末の飲み屋で不器用なコメディアンとして勤務していたら、その不器用さに目を付けた自分たちが自分たちと異なる連中を笑いものにしていると気づいていない連中からテレビ出演を持ち掛けられ、テレビに出て「自分たちが自分たちと異なる連中を笑いものにしていると気づいていない連中」の代表格を公衆の面前で射殺する話である。
 この「自分たちが自分たちと異なる連中を笑いものにしていると気づいていない連中」という部分が必要無い。「異様に絡んでくる電車のサラリーマン」と、「不義理な同僚」を殺すシーンはあっても良い、と思う。しかし多分「異様に絡んで」こなくても「不義理」でなくてもそれがサイコパスの話なら不意に殺した方が良い。不条理な境遇で虐げられている、という部分も必要ではない。個人的にはとにかく物語で人を殺したり殺人鬼になることに無駄な理由を付け過ぎている部分が嫌いであり、殺人という行為を大袈裟に描写する必要も無いと思う。そもそも俺が前評判で「俺の中のサイコ映画」みたいな期待を抱いていたのが間違いだが。理由は無いが人を好きになるようになんとなく殺した、というのが本来のサイコパスとしての一貫性ではないか、と勝手に期待をしていた。

デス・ストランディング 感想

 デス・ストランディングを昨日というか今日の深夜1時ぐらいにかけてクリアした。MGSVの前情報やら中情報やらがMGSVの後にクソゾンビゲーを出したクソ企業のせいでろくでもなく完全に触れていないため小島監督の作品をまともにやるのはMGS4以来である。発売日当日にダウンロード版を購入していたが、途中で全くストーリーを進めなくなり、異様に道路作りに執着し始めた上、西海岸から東海岸に戻る下りでちょっとやめよっか、という気分になっていたため12月31日まで時間がかかった次第である。
 いつも通り適当にストーリーを文章を切らずにまとめておくと、「DS(デス・ストランディング)」と呼ばれる現象が起き第6の絶滅期に入ってBTというあの世の化け物が跋扈するようになった各都市の「つながり」が断たれたアメリカでポーターとして勤務していたサム・ブリッジズが、仕事の過程でBTとの対消滅に巻き込まれて目が覚めると元職場のBRIDGES(=実質的にはその世界の合衆国政府機関)に所属している義理の姉のアメリから西海岸から東海岸まで旅をしてカイラル通信と呼ばれる通信網をつないで欲しいと言われ、西海岸から東海岸まで仕方がなく赤ん坊のBBと旅をしていく中でやがて「絶滅体」と呼ばれる存在の正体とDSの真相を知る・・・という話である。「DSの真相を知る」といっても多分謎だらけである。
 このゲームは単純に言うと配送業ゲーである。サムに依頼をする連中がいるので連中が求める荷物を運ぶゲームが「デス・ストランディング」である。この字面だけを読むとクソゲー臭がするが、例えばより効率的な配達のためにBTやミュールと呼ばれる盗賊を狩って資材を集め、悪路に(1人用)高速道路を通し、山岳地帯にジップラインを通して開発し、どのように機能するか試していく、ということをやっていくと普通に100時間ぐらいは飛ぶんじゃないかと思う。このような「開発」と試行錯誤、そして小島監督が作った話がこのゲームの本質的な魅力である。上述した「配送業ゲー」という平たい捉え方をすると全然面白くないのだが、本質的な魅力に気付くことができれば素晴らしいゲームであった。今年は俺も14のパッチ5.0の際に言及していたSEKIROが最高のゲームであったが、デス・ストランディングにも固有の魅力がある。とりあえず道路を作ってほしい。
 また、このゲームについては終わり方を含めてこれから小島監督は死ぬまでゲームを作り続けるんだろうな、と思えるような、次の作品に向けて進んでいくような終わり方であった。彼の作品を追ってきた人間であれば多分安心するだろう。

2019年9月9日月曜日

MHW:IB 感想(2)

 MHWになってから続く???を狩猟し、また裏面のやりこみ要素が登場した。おそらく表面は終了したと思われる。結局ディノバルドシリーズ混合装備でスタッフロールが流れるところまではやった。また、MHXXで見られた二つ名モンスターが実装されており、二つ名のヴァルハザクを倒して龍太刀を作って古龍戦に対処した。以下が印象に残った。


1.溟龍ネロミェール

 MHW:IBで新登場の古龍。イヴェルカーナは氷を生成するが、こいつは水を生成する・・・と見せかけて電気も使うという変則タイプである。もっとも電気を使うといってもライゼクスやベルキュロスなどとは異なり放電して飛ばしてくるというわけではなく、帯電して地面の水を通電させる、という形で使う。見た目は4足歩行のクシャルダオラ系。
 古龍だ、という事前情報が入るので普通にヴァルハザクの新しい龍太刀を作って戦った。結構殴れるのだが、部位耐久値が高いのか手ごたえが無い時間が続く感じ。地面を液状化させる、という謎の能力を持ち、それをうねうね速く動いてくる。
 水の場合、プケプケ亜種でも厄介だったが炎や雷よりなぜか飛ばす速度が速い、という設定がされている。そのため反応しても回避不可能という状態になることが多かった。
 
2.MHW:IBの???について

 気持ち悪い。顔が人間っぽいのが良くないのかもしれない・・・。地脈に影響を及ぼす「大いなる存在」とやらだが、「大いなる存在」が古龍とは別のシリーズ化するのかと思いきや結局こいつも古龍=自然災害の象徴として扱われるらしい。
 前後半に明確に分かれており、前半は岩の巨人、後半はこの気持ち悪い奴、という構成である。途中に装甲がはがれて中身の気持ち悪い奴が出てくる。攻撃方法については地面を隆起
 前作の???をやってダークソウルっぽいとか述べていたが、今作のこいつと合わせてどちらかというとブラッドボーンっぽいという感想を抱いた。これで宇宙から来た、とか言い出さないかと心配したが、まだ自然災害の範疇で済むらしい。
 動きとしてはのろい前半と空気砲みたいなものをレーザーのように気持ち悪い管から撃ってくる後半で違いがある。後半については張り付くことになるのだが、最初は殴れる後ろ脚が固く、前足や頭を殴りに行くと空気に当たる、という仕組み。動きはそれほど早いわけではないので延々殴り続けることになる。終わった後に装備を見て確認したが、弱点は実は龍ではなく氷で、パッケージモンスターの武器はここで使え、ということらしい。
 終わるとスタッフロールが流れ、「導きの地」なる完全なやりこみ要素が出てくる。