生きる。
なぜならまた冒険が待っているから。
目的を果たすためだけに生きる男のブログ
昨日の朝ぐらいにELDEN RINGのトロフィーをコンプリートした。率直にELDEN RINGが2022年の一番良いゲームであると早くも決まった可能性がある。
適当にストーリーを説明しておくと、神であるマリカが「王」となり、世界の秩序の基礎を形成する黄金律と「エルデンリング」という指輪が存在する狭間の地において、マリカの子孫である半分神のデミゴッドが暗殺された結果マリカがおかしくなり、「エルデンリング」が砕けて他の生き残ったデミゴッド同士が戦争を行いめちゃくちゃになった世界で新しい秩序を作る王になるために主人公(「褪せ人」)ががんばるという話である。ダークソウルでは王を殺しに行く話だったので今回は王になるんですね、とか思っていたが、結局王(みたいだったもの)はそいつらが持つ大ルーンなる「エルデンリング」の破片を集めるために主人公が皆殺しします。
ダクソと違うのは単純にオープンワールドになった点であった。他方で戦闘をはじめとするシステムに関しては正直ジャンプができるようになったダクソ3(あと馬)という感じであり、この作品が実はダークソウル4です、などと説明されても納得ができる作品になっている。ダクソのシステムに通暁している人間についてはそのまま何も考えずにプレイでき、俺に関しては結局ロングソードを炎派生させていつも通りの攻略武器を作り、上質のクレイモアと一緒に上質ビルドで振り回していた。
なお今作に関してはとにかく全てが広く長い、という特徴を持つ。1つ1つのダンジョンが(使いまわされている作りもあるが)これまでダクソで存在していた規模以上に数が非常に多く存在し、ボスに関してもそれら1つ1つに場合によっては複数配置されている。それに加えてオープンワールドの探索も存在するため、結果的にトロフィーをコンプリートするために隅々までやっていると10日程度かかった。PS5のトロフィー情報だと2022年3月8日時点でトロコンは0.4%とかだったが、このゲームに関しては納得の数字だと言わざるを得ない。今後ELDEN RING2が発売された場合は2週間ぐらい休暇を取る必要があると思われる。
アーリーアクセスから4日ぐらいで実はFFXIVの最新拡張ディスク(もうディスクでもない)である暁月のフィナーレを終わらせていた。今はもう3層の消化に毎週苦しんでいます。前回もファイナルファンタジーとして満足できる内容とか書いていたが、今回も同様であった。
久しぶりに適当なあらすじを書いておくと、漆黒の最後部分で突然世界を終わりにするとか言い出したアサヒ君の体を使っているファダニエル(とゼノス君という(自称)親友)が述べている「終焉」とは具体的に何なのかを解き明かすために、まだ行っていなかったアルフィノの故郷やら帝国領土やらを訪れ、唐突に月や過去の世界にも行き、やがて「終焉」とは想いの力であるデュナミスの変調による異形化であり、その力を操ることのできる存在がウルティマ・トゥーレなる最果ての地からアーテリスめがけてその力を行使していることを知り、今度はそこを目掛けて宇宙船に乗って戦いを挑みに行く・・・という話である。
発売前はやたら月へ行くということが強調されていたが、実際には主人公は今作で月どころか星間レベルでの空間移動と、数万年規模での時間移動をした。特に後者に関しては誰も突っ込まないがやばい異能であり、エルピスという古代人が住まう場所へ主人公だけは何度も継続的に行けるようになってしまった。漆黒で第1世界という別世界にも継続的に行けるようになっているため、さらに特別な存在になったと考えられる。
今作については意図的にこれまでのFFXIVのやり方やら、MMOという縛りみたいなものを自ら捨てることでさらに作品の質を高めることを試みられている。個人的には3度ほどこの試みが感じられる部分が存在したと考える。第1に、月へ行ったあといきなり「最古にして最強」とか言われていた神の片割れであるゾディアークと戦う展開になった点である。ローンチトレーラーで流れていたENDCALLERというラスボスの曲と考えられていたBGMもいきなりここで流れ、主人公も漆黒の最後で切り札として使った「稀なるつわもの」を呼び出す力をレベル83ぐらいのここでもう使うことになる。
第2に、エルピスの87IDで古代人3人がフェイスとして同行可能になった点である。漆黒から導入されたフェイスは基本的に暁の血盟のいつものメンバーをNPCとして同行させるシステムであったが、エルピスにおいてエメトセルクをはじめとする3人を例外的に同行させることができ、ああこれは神ゲ―とか言われそうだなと思ったりした。
第3に、ハイデリンと戦う際にMMOとしてのファイナルファンタジーとして前提とされていたCFでのマッチングを捨て去り、FFXIVとしては史上初のフェイスでの攻略を可能とした点である。この時点でもうこのFFXIVというゲームはMMOをオンラインゲームを作るとかではなく、ファイナルファンタジーとして存在するゲームになったと実感した。他人とオンライン上で協力することはMMOである限り前提とされていると思われるし、CFやRFはそれを円滑にするシステムであったが、FFXIVという国際的にも広く認知されているMMOが自らそれを捨ててまでこの展開を用意した、というのは単純に面白いと感じた。
見ず知らずの他人との協働をMMOという縛りの中で前提とするのではなく、物語としてより妥当な暁の血盟のNPCの面々との協働に自然に誘導することで、FFXIVのセールスポイントの1つである物語性をさらに押し出すことにつながったのではないかと思われる。今作も素晴らしいファイナルファンタジーであった。6連続突進の件は許せませんが、まだプレイしたことが無い人は言葉通り素晴らしいファイナルファンタジーに出会うことができ、これまで俺と同様に物語を追ってきた人はその道程が報われるゲームになったのではないかと思われる。