2011年11月30日水曜日

三羽目ですね・・・

日本語の論文が終わった・・・。途中で「俺は書きたくない病」にかかったり、「俺は逃げたい病」にかかったりして本当に苦労した・・・。10年後の俺は今の俺を思い出した時にまた馬鹿なことやってたなーと思うだろう。正直Thanks givingが無かったら終わらなかったかもしれない。
 俺の論文について、別にこっちの先生とかに見せたわけではないのだが、ちょろっと喋った時にもらったアドバイスがあとあとになって結構役立った。子供が生まれたとかでもう4回ぐらい授業が飛ばされて、そのたびに変なタイミングに授業が入れられてまじふざけんなこいつとか、適当なアドバイスしやがってとか思っていたのだが、案外まともな「指導」(ただし習うのではなく盗め方式)だったのかもしれない・・・。あれだ。多分この人も富樫義博タイプだ。
 そしてここから最後の2本+テスト勉強の戦いが始まる・・・。いつもこういう山場がある度に、山場に入る前は山場を越えた後の自分が想像できないのだが、超えた後になってみるとそうでもなかったかもなとか思ってしまうので不思議である。もうあとはロースクールの勉強だけ。

2011年11月23日水曜日

VS ILHR at NYU in 2011

本日NYUのWilf Hall512号にてInternational Law and Human Rigths Fellowship Programの面接を行った。書類で分けわかんないこと書いてる奴を結構な割合で落としてくれていたら助かるのだが、おそらくこっちの方が出願者数も残ってる奴も多いと思う。
 面接内容についてはこっちは全く想定外のことは聞かれずに俺の予想通りだった。下記がその内容である。

なぜこのプログラムに応募したか
どうしてその機関なのか
Ph.D.について
応募した機関で活かせると思うスキル

 これはよっぽどミスしない限り差がつかないかもなあと思う。俺に関して言えばフルブライトの時の面接の水準とそれほど変わらないことは話せたと思うし、何よりこのプログラムをPh.D.の研究に活かせるとか、具体的な履歴書等の根拠を示して言える奴の方が少ないと思うので、その点で他の志願者と差異化を図ることもできたと思う。まあもう少し実務寄りの話もしといた方が良いかなあと思ったが、ECCCの方を正当化するための根拠として(他に良い方法が無かったので)「将来的に国際刑事裁判所の検察官や専門家として働くことが1つのキャリアゴールである」とか書いていて、あまりICTJとOHCHRとかで将来働きたいということを言うとキャリアゴールがぐにゃぐにゃした感じになると思ったため、そっちの2つは特にPh.D.の地域研究を行うためだという色彩を強く出すことを意識した。
 とりあえずこれで年末恒例の英語面接大会は終了なので、やっと論文作成とテスト勉強だけに集中できる。

2011年11月18日金曜日

VS IFD at NYU in 2011

先ほど、New York University Furman Hall 600号室にてInternational Finance and Development Programの最終試験となる面接審査を行った。フルブライトの時とは異なり、かなり急な日程だったのではっきり言って無茶があるなと思っていたが、思ったより英語の面では問題がなかった。というより、そうでなくては困るのだ。日本国内のフルブライト奨学金はこの「英語ができる奴」という比重がものすごく高いウェイトで、そこで他のできない奴と差をつけることができるのだが、ここは天下のNYUである。英語ができるのはそもそも大前提で、中身で勝負しなければならないのだ。
 一応役に立つか分からないが俺が聞かれた内容は下記の通りである。

なぜIDLOに行きたいのか
日本の大学院で何を勉強していたのか
Ph.D.では何を扱うつもりか
将来どこの機関で働きたいのか
俺がNYUで何を勉強しているか
ILHRの方は書類審査に通ったのか
Simon Chestermanを知っているか← 若干Irregular過ぎ。全く俺は書類で触れていないのによく捌いたよ。

 3対1の戦いだったのだが、俺はそんなに上手くいかなかったかもなと思う。2人居た男のうち1人はそもそもPeacebuildingという概念自体知らない(し、しかもフルブライトのTransitional Justiceの定義をした時とは違ってそれが何なのかも聞いてこない。聞けよ。話したけど)で、ものすごく俺に対する不信感を持っている様だったし、もう1人の方も俺が何をやっている人間なのか不信感がいっぱいだったと思う。
 ただ、毎度のことながら、もう1人居た女の人の「Simon Chestermanを知っているか」という質問に少し救われた。Chestermanは、平和構築を真面目に勉強していればかならずどこかで出会う類の大物の1人である。実は昔はNYUのロースクールで教鞭を取っていたのだが、数年経つとNYUのシンガポールプログラムの方に移り(なぜ移ったのかは不明。地域研究とかか・・・?)、今年俺が入学してからこっちの学長が「奴はシンガポール国立大学の法学部長に就任した」というメールを送ってきた。つまりNYUでは俺は残念なことに彼に会えない可能性の方が高い。本当に残念である。
 ・・・という感じの話をして、俺が彼の名前と"You the People"(ParisのAt War's Endまでは行かないが読んでおくべき本)という彼の主著について明言したので彼女に対する感触は非常に良かった。総合的にどうなるかは不明(多分ILHRの方との兼ね合いもある)。2日程度で準備をした割にはよく戦ったとは思うが。

2011年11月15日火曜日

人生は結局出たとこ勝負だよねー

今日夕方6時30分からICTJのNYUにおける年度毎の会(今年はICTJ10周年記念でTransitioanl Justice and Developmentというこの分野では割と最先端に近い=まだ研究が十分追いついていない話)という、そこそこデカイイベントがあって、ご丁寧になぜか俺宛の招待状まで送られてきていたのだが、5時ぐらいに「頼むからボランティアで手を貸してくれ!」というメールが来て、俺ははっきり言ってそんなんやってる場合じゃねえとか思いつつ結局日本人気質が発揮されて土壇場でイベントの運営をボランティアとして手伝うことにしてしまった。
 が、はっきり言ってどうでもいい仕事でほとんど何もせずにつっ立ってただけで時々一緒に働いていた女の子に「ああ今丁度6時だねえへへ」とか言っただけで終わって普通にイベントに客として参加してボランティアのおまけで付いてきたレセプションで寿司もどき(なんか外側が海苔じゃなくて変なつぶつぶで巻かれた「大丈夫かこれ・・・?」という感じのまぐろの軍艦巻きもどき)を食べまくって帰った。まあいいよ!!寿司(っぽい食べ物)とか苺とか久しぶりに食べたからな!!
 そしてまたいつもの俺の致命的な欠陥が発揮されて、食べるだけ食べたらさっさとレセプションから帰ってしまった。今のところReputation ManagementとかNetworkingとかほとんど0点なんじゃねーか・・・?人生でこのReputation ManagementとかNetworkingで痛い思いをぜんぜん味わってないのだが、俺のような引き籠りはやっぱり学者になって外交官とか国際公務員とかにならない方が良いのかもしれない・・・。もっとキョロキョロヘコヘコするテクニックを身につけないとダメらしい。
 そして提出していたIFDとILHRの両方書類審査を通過したというメールを今日もらい、IFDの方は今週の木曜日にいきなり面接があるということになった。人生出たとこ勝負継続中。3年前から毎年進路を賭けた英語面接も継続してるんだけど・・・。

2011年11月12日土曜日

「おまえ、もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」

タイトルは最近俺が良く思い出す戸愚呂(弟)の台詞である。俺は全開でやってるつもりなんだが、まだ負けることに対する恐怖が足りないのかもしれない。

2011年11月11日金曜日

うぇっへっへBOLE(笑)

ニューヨーク総領事館にNY州司法試験について問い合わせたところ、今日本側としても「アメリカで言うような教育的要件みたいなのは日本には無い」ということを分かってくださいよという交渉をしているが、明言は無いとのことだった。また、個別的な受験資格は個別の受験者が証明しなければならないということなので、良く分からんが自分で適当な書類を用意してBOLEにもう1度送る感じになった。
 うぇへっへBOLE(笑)。去年のLSAC(笑)に引き続いて本当にめんどくさい。まじで世界政府みたいなもん作って「国際司法試験」とか作ってくれればいいのに。とりあえず来年アメリカのロースクールに来てNY州司法試験を受ける「法学部卒」の奴は春先に出す事前審査の段階で強調字体で「俺(様)はNY州司法試験を受ける資格を持っているぞ!!」と書いた紙を他の申請書類と一緒に送った方が良いらしい。

2011年11月9日水曜日

次に二頭目(International Law and Human Rights Fellowship Program) だって言ってんだろ!!

 次に5本のうちの2本目となるILHR (International Law and Human Rights Fellowship Program)に書類を提出した。
 このプログラムこそNYUが国際法最強である所以の1つだと言える。このプログラムはILC(International Law Commission)をはじめとする実務で国際法や人権に関する知識を要する場所に大学が金を出して学生を送り込むというものだ。Timapといったシエラレオネのマイナーな所から、UNHCR、ICTY、ECCC(Extraordinary Chambers in the Courts of Cambodia)などのデカイ所まで、20を超える場所が選択肢として存在する。
 ただ、今年は俺が入学前に狙っていたSCSL(Special Court for Sierra Leone)やICTJ(International Center for Transitional Justice)のニューヨーク本部は無かったのが少し残念だった。ICTJに関しては当初コロンビアにしようかと思っていたのだが、カウンセラーによればそこは確実にスペイン語を喋れる学生が獲るだろうとのことだったので、あまり地理的な知識を有していないがレバノンの事務所にした。他にはカンボジアのOHCHRと、ECCCである。OHCHRも以前IFDで書いたIDLOと同じくはっきり言ってここで将来働くことになれば俺の人生における目標の1つは果たしたことになるという感じの場所だが、ECCCについてはICTYとレバノンのSTL(UN Special Tribunal for Lebanon)だったら、明確にExit Strategyの実施に入っていて平和構築にとってはそもそも理論的な限界を有する「終わりかけている」ICTYと、正義を追求する前提となる政治的意思の形成が本当にされたのか疑わしいレバノンのHybrid CourtよりはECCCの方が日本も関わっているし面白そうだという理由でここにした。
 途中全然面白くないMPREといった糞試験(試験までの待ち時間1時間30分、試験時間2時間5分という素晴らしい試験)のせいでやる気を削がれたりしたのだが、そこそこ上手く書けたと思う。とは言ってもむしろここからがやっと本番となる3本だが。